勝手気ままなBike Touringの記録

【 No.57:「城郭攻略」と云う名の14時間耐久?(汗)  − 群馬県〜長野県‘真田街道’方面 − (2015年 8月10日)

 


 

 

ときどき14Rを走らせることはあっても、記録に残すようなツーリングは久しぶり。

 

しかし、前回の ‘埼玉県の全城郭攻略完了’ ツーリングで懲りて「次は普通のツーリング」と云っていたのに今回も前回と同じ城郭攻略ツーリング、それも目標「群馬県の全城郭攻略」と云う、前回に劣らないと云うか懲りないと云うか...。

さらに、前回は250km強の実走だったけど、今回は計画段階で500kmを優に超える距離。

真夏のツーリングだし大丈夫なのか?と思いながらも、行ってしまいました。(笑)

 

 

 

 

 

 

am4:30に出発

この日の日の出はam4:55と思ったよりも遅い時刻になっていた。

 

前日は学生時代の仲間達と秩父で日帰りキャンプ、帰宅が23:00頃になり、起床がちょっとキツかった。

 

14Rの外気温計が24℃を表示、前週までのクソ暑さが若干和らいだ感があるなかを出発。涼しいうちに都市部の城郭攻略を済ませてしまいたい。

 

 

 

 

 

思ったよりも涼しい朝の空気の中を下道(R122〜R51を走り、桐生市内を経由してわたらせ渓谷鐵道大間々駅へ。

大間々駅の後ろに見える山に「高津戸城」があったらしい。ここまででまず2城攻略。

 

地元のおじいさんに「これから日光ですか?」と話しかけられる。

「城郭攻略です」とは答えられず、「水上の方へ行きます。」と答えると不思議そうな顔をされる。そりゃそうだ、道が繋がってないんだし、普通はR122号を日光に向けて走るだろう。(笑)

 

 

CBに乗っていた頃以来、久しぶりに来た(2007年以来だから8年ぶり)が、何も変わっていない様に見える。

駅の周りを少し巡ってみたい気もしたが、この日の目的は「城郭攻略」なので次の城を目指してそそくさと出発。

 

 

 

 

 

大間々駅からR122を北上し【神梅城】【五覧田城】を攻略した後、今度は前橋市内を目指して南下し、【阿内城】【前橋城】【石倉城】【青海城】【箕輪城】【剣城】【渋川城】を次々と攻略。

途中前橋市内(前橋城...現在の群馬県庁がある所)は朝の通勤渋滞も重なってなかなかしんどかったので、予定していなかった道の駅こもちでひと休み。

ここでも【白井城】の攻略を忘れない。(笑)

 

前橋市内は朝の通勤で混んでいたけど、ここはきっと夏休みの混雑だろう。

暑いことは暑いけど、まだ「うへぇ〜っ!」と云うほどの暑さでもないのが救いだ。

 

 

 

 

 

 

「名胡桃城址」と云う信号があるのに、それすら見落としてJR上毛高原駅近くで【小川城】を攻略した後、素通りしたことに気がついて引き返し、【名胡桃城址】を発見し攻略、ここまでで16城を攻略。

「攻略」と云っても近くまで行ってスマホアプリの「城攻め」ボタンを押すだけなので「城」を訪れたのはここが最初、...と思ったら何故か工事中。

 

埼玉もそうだったけど、群馬県の城郭も中世(鎌倉時代前後)のものが多いようで、建物等の遺跡はほとんど無く、城郭があった土地(敷地)などが大半だ。

 

 

 

 

R145号 ‘日本ロマンチック街道’ を走り中之条町に入ったあたりでこんな看板を発見。

 

「真田忍者」、初めて見たが、この辺りから長野県上田市までは真田氏ゆかりの土地らしく、来年の大河ドラマ「真田丸」にもあやかったのだろうか?

この先、とにかく「真田」の2文字を数多く見かけることに。

 

 

 

 

 

次の攻略目標はJR郷原駅の北にある岩櫃山頂にあったとされる岩櫃城。

ひとつ手前の群馬原町駅を過ぎたあたりで怪しげな?看板を発見し、岩櫃城を攻略。ちなみに、ここまでの攻略は岩櫃城で19城目。

 

刀の下には何があったのだろう?と思い、帰宅後もしかしたらとGoogle Street Veiwを見てみると、「岩櫃山登山道 岩櫃城址入口」と書かれた看板があったようだ。

直すか撤去するかすれば良いのに...。

 

それにしても、恐るべしGoogle Street Veiw

 

(2014年7月)

 

 

 

八ッ場ダムによって水没する旧道に代わって新たに出来たR145号 ‘八ッ場バイパス’ 沿いにできた道の駅八ッ場ふるさと館で休憩。

 

日差しは強く日なたは暑いが、日陰に入るとそれほどでも無いのが救いだ。

 

【羽根尾城】【鎌原城】を攻略しながらR144号‘長野街道’を西へ走り、群馬県/長野県境となる鳥居峠へ。

GPSロガーデータによれば標高1,352m、確か気温も23℃ほどでかなり快適な峠道だった。

 

 

 

 

真田氏発祥の地とされる上田市真田町へ。

こんな標識を見つけ、真田氏本場跡を目指すも、途中の道が工事中でバイクでは進む事が出来ず断念。

...歩いて行くガッツがなかったとも云う。(汗)

 

真田町の街中に入ると、至る処に「真田」の文字が。

来年の大河ドラマにあやかっているのかな?と下衆なことを考えてしまうことが下衆だな。(笑)

 

真田町内で【松尾古城】【真田本城】【真田氏館】【横尾城】【戸石城】を攻略。

 

 

 

 

 

上田市のほぼ中心にある【上田城】に到着。

 

上田城も甲斐武田氏の旧臣である真田昌幸によって1583年(天正11年)に築城された城そうだが、関ヶ原の戦いで真田昌幸・信繁が属した西軍が負けたことで、徳川軍によって破却され、その後仙石氏が入城し現在のような姿に再建したそうだ。

明治になると、再び破却・移築が行われ石垣と西櫓が残るのみとなったが、昭和以降に再び移築復元などが行われ現在に至る。

 

...と蘊蓄を書き並べてはみたものの、市内まで来たらなかなか暑く、ちょっと嫌になっていた頃。(笑)

 

 

 

 

城内に野球場や陸上競技場などと云った公共施設が建てられているのは、以前姫路に行った時に原田さんから聞いた話と同じだ。

 

「真田十勇士」と云う名称は知っているけど、10人の名前は全く知らないことを、これを見て気がつく。

 

 

 

 

 

【上田城】を攻略した後、【岡城】【塩田城】【小諸城】【岩尾城】【根井氏館】【志賀城】を次々と攻略。

ここまでは良かったのだが、次の攻略予定城郭【伴野城】があったとされる「大伴神社」の位置情報を誤り小諸市方面へムダに引き返してしまう。

途中で気付いたから良かったものの、それでも5km以上はムダな走行になってしまった。

 

気付いた後、目的地を再検索し直し、【伴野城】【龍岡城】【平賀城】を攻略、ようやくR254で帰路につけることに。(汗)

 

写真はR254「コスモス街道」、コスモスはたくさんあるものの、開花はもう少し先のようだ。

 

 

 

 

R254内山峠(トンネル)を越えた辺りで大型トラックに引っかかってペースが落ち、さらに下仁田の街中以降は帰宅時間帯の渋滞にハマる。

あまりに渋滞が続くので嫌気が差して ‘もう良いか...。’ と半ば諦めかけたが、もう少しでこの日予定した城郭攻略を終えるので頑張ってみる。

 

下仁田市街で直線13kmも離れた【尾附城】を攻略、さらに渋滞の富岡〜藤岡界隈で【国峰城】【富岡城】【奥平城】【山名城】【平井城】を攻略、ようやく終わりが見えてきた。

 

藤岡市内でこの日最後となる【藤岡城】を攻略、上信越道藤岡ICから高速で帰途に。

 

 

 

 

 

予想以上に?帰宅時間が遅くなり、20:15分頃ようやく自宅に到着。

この日の走行距離:537kmは想定していた距離よりは短いものの、それでも富岡市界隈の渋滞に巻き込まれたおかげでこんな時間になってしまったし、やはり暑さのせいでけっこう疲れてしまった。

何よりキツかったのは履いていたパンツの縫い目がちょうどケツとシートの間に、帰宅する頃にはその縫い目のせいでかなり痛くなっていた。(泣)

 

 

帰宅後、攻略した城をチェックする。

すると【金山城】を攻略していないことが判明、城郭の位置を確認すると平井城のさらに先になっているが、平井城が‘黄’(3〜10km)なのに対して金山城は‘赤’、かなり接近(3km以下)しないと攻略できないため、攻略し忘れたらしい。

富岡〜藤岡市内の渋滞に耐え攻略してきたはずなのに、群馬県全58城のうち金山城の1城だけ攻略し忘れたというのは、なんだかとても悔しい。

金山城だけクリア...いや城郭攻略し忘れたので、埼玉県に続き全県攻略2県目も為し得ず、あぁ残念と云うか悔しい。

 

それにしても ‘バイクで城郭攻略’ はやはり相当疲れる。

「二度とやるモンじゃない」とつくづく思うのだが、既に千葉県(房総半島)と茨城県の攻略を計画していると云うのは、アホとしか云いようがないのかもしれない。(笑)

 


 

 

 

 

最終更新:2016/09/17

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