勝手気ままなBike Touringの記録

No.30:被災の現実をこの眼で...  − 福島県いわき市〜高萩市 −  (2011年4月10日(日))

 


 

 

2011年3月11日午後2時46分に発生した東関東大震災。

 

世界でも観測史上4番目の強さと云われる大地震に加えて、その地震によって発生した凄まじい津波が東日本沿岸一帯を襲い、確認されているだけで12都道県で27,493人もの死者・行方不明者を出してしまいました。(2011/4/11 10:00現在)

 

 

地震発生当日は義叔父のお通夜の日で、もしも義叔父の不幸(地震発生3日前の3/8に急逝)がなかったら、 その日はカミさんといわき市界隈へ海の幸を食べに行く予定をしていました。

 もしもいわきに行っていたら、地震が発生した時間(14:46)はいわきに居たと思うし、まして「津波が来る!」なんて考えられなかったから、もしかしたら自分達も被害に遭っていたかもしれません。

 

 

地震発生から1ヶ月が経った今も連日報道される宮城や岩手の大津波の被害に比べると、どちらかと云うと原発事故の被害ばかりが注目されている福島〜北茨城の地震・津波の被害はあまり知られていない気がするし、自分も今回の計画を立てるまでほとんど知らなかった。

しかし実際には多くの地区で地震や津波の被害を受け、いわき市内だけでも300名近い方が亡くなり、今も未だ避難生活を強いられている方々も沢山いらっしゃるそうです。

 

 

3月11日に行く予定だったいわき市

‘百聞は一見にしかず’じゃないけど、 あれから1ヶ月が経つこの日にあえて現地まで足を運び、被災の現実、津波の傷跡をこの眼で見て確かめてこようと思い立ったのが、今年初めてのツーリングとなりました。

 

 

 

 


 

 

 

予定ではam7:00出発のハズだったのに、出発直前にいきなりトラブル発生、 ナビに電源が供給されません。

‘何だぁ?’と思いながらいろいろ弄ってみた結果、どうも+12V→USB(+5v)のDCアダプタが怪しい。‘ん〜やっぱりMade in Chinaの安物は...。’と思ったらいつのまにか自然復旧、おかげで約50分の出遅れです。

 

 

 

 

念のためEsso/Expressで目一杯給油、...って3Lしか入らなかったけど。(笑)

ちなみに最寄りのはJOMO地震(正しくは地震直後のガソリン不足がきっかけ)で閉店してしまったみたいです。

 

往路は東北道〜北関東道経由で常磐道へ。少し遠回りだけど往路と復路がまったく同じじゃつまらないと思って。

 

そして北関東道は延々と片側1車線規制。何カ所で工事してたかわからないくらい路面補修、ちなみに走行車線は 既に補修が終わってました。

 

 

 

 

 

常磐道中郷SAで休憩と給油。

ここまで約200km、いわき市内で普通に給油できるかちょっと心配なので、念のためもう一度満タンに しておきます。

 

 

東北道に比べて常磐道はかなり空いてたなぁ。

 

バイク駐車場に、当時(っていつだよ?)憧れだったCB1100Rが停まっていました! たぶん最終型だと思うけどすごくキレイなマシンに驚きです。

少しだけ年季が入ったKADOYAの革ジャンに黒の革パンが似合っているオーナーさん(還暦に近い感じの方)に話しかけてみたら、もう40,000km近く走ってるとか。

 

それにしても、このマシンを年配のオジサンが‘普通に’乗っているのもスゴイ。(笑)

 

 

 


 

 

 

東北道は普段と変わらず(ただしおそらく東北方面へ向かう自衛隊の車両を何台も見かけた。)、北関東道は補修工事を終えた車線は問題なく走れた ことに比べて、常磐道は地震で痛んだ路面の応急処置的補修ヶ所がとても多く、中には‘これで直したの?’思えるような所もあったり、まだ補修すら行われていない所もあったりで、 「この程度の崩れ方(数cm程度の段差や沈下)でも、高速道路としてはムリなんだな...。」と云うことを実感させられました。

 

 

 

いわき四倉ICから先は福島第一原発の避難区域(半径30km以内)に差し掛かってしまうため通行止め。(いわき湯元IC手前にて)

 

路面が修復できていないところはこんな看板が立っています。

 

それにしてもこの看板、いったいいくつ見たことか...。(いわき中央IC〜いわき四倉ICにて)

 

 

 

 

そのいわき四倉IC、ナゼかETCが未作動で係のおじさんの手による‘手動ETC’状態。

 

振り返ると「原子力緊急支援・研修センター NEAT」の ‘思わせぶり’ な車両が止まっています。

略称 ‘ニート’? ...あれはNEET(Not in Employment, Education or Training)か。(ぉぃ

放射能の測定でもしているのだろうか?

 

 

 


 

 

 

いわき四倉ICから県道41号で海に向かって走るとやがて「四ツ倉」の街へ。

津波さえなければ漁業や観光を中心とした穏やかな田舎町だったはず、その四ツ倉港を襲った津波の高さは5.9m、軒並み10mを超える津波が押し寄せた宮城・岩手の三陸海岸に比べれば小さい値だけど、それでも信じられない高さには変わりません。

 

 

 

 

奥が道の駅「よつくらこう」。

屋根は残っているけど事実上「全壊」と同じで、大勢の人達がガレキを片付けていました。

 

都城市から支援に訪れていた給水車と公用車、都城市と云えばつい先日起きた新燃岳噴火で大変だった地域なのに...。

 

 

 

 

表通り(国道6号)から少し入った裏道(左方向が海側)、ガレキの山、そして大量の砂が津波の勢いを物語っています。

 

国道6号に面したワンルーム・マンション。津波が左から右へ横方向に押し寄せたのでしょうか?

 

 

 


 

 

 

市街地(住宅地)に足を踏み入れるのは、ましてカメラを向ける ・写真を撮ると云うことは、なんだか「冷やかしに来たよそ者」と思われそうな気がして(実際そうなんだけど)、とても気が引けてしまい 、これ以上写真を撮ることができませんでした。

引き返して人気の無い四ツ倉漁港へ行ってみることに。

その四倉港はまったく手つかずの状態で、港としての存在 も機能も全て津波が破壊し尽くし、押し流してしまったままでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

四倉地区を離れ、海沿いを走る県道382号を走って南へ。

路面には海岸から流されてきたと思われる砂が堆積していて、正直なところバイクでどこまで行けるかわかりません。「行けるところまで行ってみよう。」 、と云うのともちょっと違う気がしながら、ゆっくり走ります。

 

 

 

 

場所によってはこんな風に津波の被害をほとんど受けていないようなところもあって、この違いは何なんだ?と思わざるを得ません。

 

後方が四倉方面になります。

 

一見ごく普通の海沿いの景色なんだけど、左側の木製の柵はほとんどが根本から折れて倒れてるし、松林の中は津波で押し流されてきたと思われるガレキやゴミ、そしてそのガレキ に混じって津波に流されたクルマが何台もあったりします。

この道路を走っていた車なのだろうか...?

 

 

 

 

 

こんなにもきれいな青い海が、その時だけは悪魔になって襲いかかったんだよな...。

 

 

 

 

ネットで見て知っていたけど磐城舞子橋はやっぱり通行止め、それも自衛隊が見張ってる?

 

津波の被害だけでなく、地震そのものの被害もあちこちに...。

 

 

 

 

県道382号に面して建てられている舞子浜病院も1階が津波の被害を受けていました。

そして写真の右側には沢山の‘被災車’がまさに山積み。

 

平沼ノ内地区のあたり。

この先には大きな被害が出た地区のひとつ、薄磯地区があるはずです。

路面に積もった砂が深くZZR1400で乗り込むのはムリだし、それ以前に(たぶん)地元の人達 の道路復旧作業のジャマをしてしまいそうで、直進をあきらめました。

 

 

 

 

迂回した県道15号沿いを走り豊間地区を通りかかると、ここも津波の被害が広がっていました。

海から200m以上離れているのに...。

 

江名漁港。

地区の人達が積み上げていったのでしょうか?向こうに見えるのはガレキの山です。

 

 

 


 

 

 

小名浜港界隈へ到着。

この周辺もひどい...。

 

 

 

 

 

小名浜港にて。

 

 

 

 

小名浜港にて...

 

 

 

 

 

何気なく停まっているように見えるトラックとMPVの位置が普通でないのがわかりますか?

 

決して海に浮かぶことが無かったはずの海賊船も難破船と化していました。

 

 

 

 

港公園と、廃墟と化したいわき・ら・ら ミュウ

そして、いわき・ら・ら ミュウの駐車場は運び込まれたガレキの山、近づくと異臭が鼻をつきます。

 

根こそぎ引き抜かれた樹木も枯れ果てた姿に...。

 

 

 

 

 

津波によって幹に深い傷を負いながら、そしておそらく全身が津波の濁流に呑まれながら、それでもつぼみは流されることなく 、きれいな花を咲かせていました。

 

 

奥に見える鉄製の柵が全て曲がっているのが、津波の強さを表しています。

 

 

 

 

アクアマリンふくしま

 

集められた廃車たち

 

 

 


 

 

 

小名浜港を後にしてそろそろ帰宅、目指すは‘ウマが落馬した場所’(笑)

その前にいわき市の中でも最もひどい被害を受けた地区のひとつである‘小浜’地区を通ってみようと思ったんだけどやっぱり規制されていました。当たり前ですね...。

 

 

 

 

本当にご苦労様です...。

 

共同発電所周辺も津波の被害を受けていました

 

 

 

 

この写真の辺り(共同発電所付近)は大丈夫だけど、国道6号は常磐道以上に荒れていました。

 

JR常磐線勿来駅

このあたりは何も無かったように普通だけど常磐線はまだ不通のまま。

 

 

 

 

大津港にて

 

大津港沿いにあった、今にも崩れそうな古長屋? 

 

 

 


 

 

 

うちの‘ウマ’が落馬したところ...磯原シーサイドホテル前の国道6号です。

磯原シーサイドホテルも、1階の厨房や和食レストランは津波の被害を受けてしまったけど、既に営業を再開しているそうです。 機会があればいちどゆっくり行ってみたいなぁ。

 

 

 

 

現場。何度見ても‘全く...。’って今回で2回目だけど。(苦笑)

 

姿がかなり変わってしまった二つ島、元の姿は磯原シーサイドホテルのWebで見ることが出来ますね

 

 

 

 

沖には自衛隊の艦船らしき船の姿が。

 

あの日の空と海はどんな色だったんだろう?

 

 

 


 

 

 

なんだかドッと疲れました。

常磐道は路面もあまり良くないし、気をつけて帰ろう。

 

 

 

高萩市内は至って普通、うちの近所とまるで変わらないなぁ...。

 

日立北ICから常磐道に乗り、一気に千代田PAまで移動

 

 

 

 

 

常磐道で調子こいて走ってたら、谷和原IC手前で白いクラウンが併走している。

‘ヤバッ!’と思った時には既に手遅れ、覆面でした。

「あ〜ぁ...。」

 

たぶん150km/h位は出てたよ、免停だよなぁ...。(泣)と思ったら、

「今回は計ってませんけど、でも130km/h以上出してましたよね?ダメですよぉ?(笑)」

 

え?

助かった...。(^^:;)

 

 

 

その後は‘大人しく’走り、被災地での滞在時間が予定より短かったせいか、1時間近く遅れて出発した割には早めの帰宅でした。

 

 

 

 

出発時にバタバタしたものだから、気をつけないとカミさんにも云われてたんだけど、まさか覆面とランデブーするとは思いもしませんでした。まぁそれは自業自得でもあることだから自分で注意(自制)しないといけないですね。

 

それよりも、「この眼で見て確かめよう」はもう充分すぎる、まさに「百聞は一見にしかず」で、目の当たりにした時は言葉も出ませんでした。元の姿を取り戻すのはいつだろう?  どころか、元の姿を取り戻せるのだろうか?と思えるほどの光景だったからです...。

自分には何が出来るだろう?

改めてゆっくり考え、そして行動したいと思います。

 

 


 

 

 

 

(改版:2016/10/01

 

 

 

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