勝手気ままなBike Touringの記録

[ No.10:‘勝手に浅間サーキット走行会?’ - 群馬県妙義〜長野原町方面 - (2008年6月29日(土)) ]

 


 

 

北野晶夫の世界」のサイトをメンテしているうちに再び浅間高原に行ってみたくなり、梅雨の合間を縫って行ってきました。(偶然雨が降らなかっただけ、とも云う。)

 

前と同じルートで行ってもおもしろくないので、今回は妙義荒船林道を走って軽井沢を経由して浅間高原へ、そこから二度上峠を下るルートで行きました。

 

 

 

今度こそ、グランドスタンド跡を見つけてやる!

 

 

 

 


 

 

 

とりあえず天気は曇りです。

雨が降りそうな気配は無いけど、軽井沢方面は夕方から雨マークが出てる。

まぁ、その時間まで軽井沢にいるつもりはないので心配はしてないけど、いちおう山沿いだしまた少し寒いかも。

そんなワケで念のため長袖のTシャツも1枚持って出発。

 

 

出発はam7:00。

...のつもりだったのに、玄関を出た時点で既にam7:00を過ぎてる。

 

駐車場に降りる → バイクのカバー外す → 表に出す → 軽く暖機運転 → 近所のJOMOで給油 → ようやく出発...なんてしてると、実質の出発はam7:30位になってしまいました。

でもソロ・ツーだしまぁ良い、けっこう適当です。いつもか。(笑)

 

それにしてもガソリン高いなぁ...。前にツーリングに行った時が\125/Lだったから、2ヶ月で\40近く値上がりしてるよぉ!

バイクも燃費走行しなきゃだ。

 

 

最初の目的地(と云うか通過地点。)は東松山IC。

走り慣れた道をひたすら走るだけだからちっともおもしろくないけど、まぁ慌てず走ろう。

 

 

 

 

 

 

1時間ちょっとで東松山ICに到着、そのまま関越道へ。

ここまではまぁまぁのペースかな?あまり混んでなかったし。

 

 

高速を走り出すと少しばかり肌寒く感じます。でも我慢するほどの寒さでもないからそのまま走行。

カウル付きのツアラーとかだったらもっと楽なんだろうなぁ...なんて考えながら、途中の甘楽PAでトイレ休憩した以外は一気に下仁田ICまで走っちゃいました。一気と云っても1時間足らずだけど。

 

関越道も上信越道も、ペースが乱れることもなくほぼ一定の速さで走れたので楽だったんだけど、いつもながら退屈といえばその通りです。

距離を稼ぐには良いけどね。

 

 

そう云えば、ここまで思ったほどツーリングっぽいバイクを見ませんでした。

甘楽PAでもマス・ツーが1グループと、ソロが自分以外に2台ほどいただけ。梅雨時だからかなぁ?

 

 

 

 

下仁田ICから一般道...国道254号へ降りて下仁田の街を通過、そのまま内山峠方面に向かってしばらく走ります。

交通量も少なくてほどほどのペースで快適走行。

 

 

下仁田ICの近くに「なんじゃい」と云うふざけたネーミングの駅があるらしいです。ちなみに漢字で書くと「南蛇井」、なんか普通だな。(笑)

どんな駅なのか見てみたかったのですがあっさり通過しました。

と云うか、忘れてた。(笑)

 

 

しばらく走ると、国道に沿って流れる鏑川(西牧川)で、鮎釣り(かな?)を楽しむ人たちを見かけました。

釣りはまぁ良いんだけど、その鏑川のあちこちにいくつもの案山子が立ってるんです。ひとつやふたつどころじゃありません、たぶん何十体とあります。橋の上にも2体ほどありました。

いったい何のために立ってるんだろう?マジに謎です。

 

 

 

 

 

 

内山トンネルの手前で国道254号から外れ、妙義荒船林道入口へ。

前回は旧碓氷峠からのアプローチだったので今回は妙義荒船林道を選びました。

 

 

妙義荒船林道は、群馬・長野県境をウネウネと走る約18.8kmの林道で、全面舗装の路面はところどころで割れたり凸凹になったり多少荒れてしまっているけど、ちゃんと?掃除とか手入れされていて、ノンビリ走るには良い道です。

 

道幅がせまいし、対向車とかが来たらやだな...なんて思う必要なかったです。

作業用の軽トラックが、途中でバイクを停めてるときに1台通過していっただけでそれ以外のクルマは1台のみ。

そして標高が上がるにつれて天気が少し回復、緑がキレイです。

 

 

 

 

少し走ると「軽井沢町」の標識。ここから向こうは長野県...と思って通り過ぎるとすぐに「下仁田町」の看板が現れます。

いったい何回県境を越えるの?

 

途中で眼下に上信越道が見えました。

なんか変に優越感。...って云うかいつの間にかこんな高いところ走ってた。(笑)

 

 

 

 

軽井沢口に到着。

下仁田側の入口?からどのくらいかかったかなぁ?のんびり走ったし所々でバイクを停めたりしてたのでわかりません。

ここからの道路は、なんだか「下界」に降りた気分です。(笑)

 

道路(県道43号)をはさんで、別荘地や軽井沢72号ゴルフコースが広がります。下界と云うか別世界かもな ぁー、自分はゴルフやらないし。(笑)

 

 

 

 

観光客で混雑する賑わう中軽井沢の街中を抜けて国道143号を北上。

この国道、なかなかおもしろいです。(何が?)ちょっと頑張って?走っちゃいました。(笑)

 

 

妙義荒船林道の出口から30分ちょっとで浅間高原に着きました。

まだお昼前です。予定通りだぜ。(^^)v

もちろんオフシーズンのおかげです。決して「飛ばした」ワケではありません。(たぶん...。)

 

 

 

浅間高原、約1年10ヶ月ぶりです。

雲の切れ間から浅間山が見え隠れします。晴れないかなぁ...?

 

 

 

 

 

 

ちょっと、いやかなり強引に、コースにバイクを乗り入れてしまいました。

全面未舗装どころか、かなりのオフロードで、普通ならCBで走るようなところではありませんね。(笑)

それでも、コースを走ってみることに。

転けないように気をつけましょう。...って、大丈夫か?>自分

 

 

 

現存する(と云えるのかなぁ?)コースは、この図の赤枠の中の部分です。

 

 

 

 

最初に走ったのはゴール手前の「ホームストレッチ」区間、最終コーナーでもある「大森カーブ」に向かって約1km弱ほどの直線だったところです。

当時このあたりのコース幅は20mほどあったようですが、今はその面影はありません。

 

本来と逆行してるけど。)ホームストレッチをしばらく進み(振り返るとこんな感じ。

このあたりの路面はあまり荒れてないのでまだそれほど走りにくくないです。

 

「大森カーブ」の出口...ホームストレッチに繋がるところ。

しばらくの間、誰も走ってないらしく路面は荒れ放題って感じでCBではかなり走りにくいです、当たり前だけど。(笑)

 

 

 

 

CBをコースを横切るように停めてみました。

現在のコース幅は4mほどしかないのがわかると思います。完成当時はこのあたりで8mほどあったはずだけど。

 

「大森カーブ」の中央付近(たぶん)。

かなり下ってます。ってことは本来はホームストレッチに向かって ‘一気に駆け上がる’ 区間だったのでしょう。

 

それにしても、このあたりはコースが大きくうねっていてとても走りづらいです。

 

 

「大森カーブ」への進入区間をバイザー越しに撮ってみました。

当時のライダー達もこの視線で大森カーブに入っていったのでしょうか?

 

 

 

 

「山下り」の区間を過ぎて「大森カーブ」にさしかかるあたり。

雨水にえぐられて大きな溝になっていました。深さは1.5mくらいありそうです。ラリー車のテストで使われる(と思われる)コースはこの溝を避ける形で迂回してます。

 

「100R」や「セカンドファイト」があったあたり。

航空写真で見ると当時のコース跡の一部が牧草地の道路として残っているようですが、ここからではさっぱりわかりません。(笑)

 

 

「小森カーブ」区間、大森カーブと同じように路面が大きくうねってしまってます。

センセーショナルストレートを駆け抜けたライダー達が、この小森カーブを一気に下っていったことでしょう。

 

 

 

 

「センセーショナルストレート」を小森カーブ側から。

サーキット(跡)って云うか、まるで林道ツーリングだな、これじゃ。(笑)

 

今度は反対に「センセーショナルストレート」から「小森カーブ」を望みます。

最近のコースのようにコーナーが連続する区間はあまりなく、トップスピードを競うようなコースレイアウトに思えました。

 

 

スタート地点に戻ってきました。

たぶん、このあたりがグランドスタンドがあった場所です。でも、石垣でできた「跡」らしきものは見つかりませんでした。この森林の中にも突入して探してみたんですけどね...。

 

左隅に写ってる簡易トイレ、使った形跡...考えるのは止めよう。(笑)

 

 

 

 

 

2度目の浅間サーキット

 

前に訪れたときはスタート地点に足を踏み入れただけだったけど、今回は少々無茶と思いつつCBを乗り込ませて走って見たワケだけど 、当時の面影があるような無いような...。

 

50年以上前、ここでレースが行われたのがまるでウソのようにひっそりとしていました。

 

もう一度ここを訪れて良かったです。

 

 

 

(1957年10月20日 第2回浅間火山レース)

 

 


 

 

 

さて、ここから第2ラウンド。(笑)

 

今度は1955年に公道で開催された、「第1回浅間高原レース」のコースを辿ります。本当ならスタート/ゴール地点からぐるっと回りたいところですが、めんどくさいので「牧場出口」からスタート。(笑)

 

 

 

「牧場出口」と思われるあたりから「県境」方面を望みます。

今はゴルフコースへ向かう整備された道だけど、昔はどんな道だったんだろう?

 

「県境」、ここを右折していきます。

たしかに長野県と群馬県の県境で、左が長野県、右が群馬県、バス停も「県境」と書かれていました

でも当時のパンフレットには「境」ではなく「堺」の字が使われてました。

 

 

「県堺」〜「牧場入口」区間。

快適な高原の道路ですが、当時は「上ったり下ったりする変化の多い蛇行路で数カ所で岩石が両側にあって危険なところ」だったそうだけど、全く想像がつきません。

 

 

 

 

「牧場入口」の交差点。

スタート地点から国道146号を南下してきて、ここで左折(写真では右へ)して牧場内のコースに。

ここまでの区間は最も走りやすい区間で最高速も記録されたとか。

また、牧場内のコースを抜けたライダー達は県堺からここまで北上してこの交差点を左折していきます。

 

牧場入口の交差点を左折し岩窟ホールまでの区間は、今は両側に別荘地が広がる快適な道路です。

当時は、この道路の終点(鬼押出し園)の手前で右折したようですが、その道が見つかりません。Googleの地図にも道路がありそうだけど、航空写真では見あたらないです。

 

 

岩窟ホール〜赤川区間の、岩窟ホール側から少し走ったところ。

 

当時は火山礫(岩)がゴロゴロする最難関区間のひとつだったそうです。

この道をまがりなりにも「レーサー」が全開で走り抜けていったと思うと、なかなか「ん〜...。」な感じですね。

 

 

 

同じく、岩窟ホール〜赤川区間の、県道235号に合流する少し手前。

この区間の左右も別荘地として区画整備されたところですが、舗装されている区間と未舗装(砂利道)の区間がありました。

今は森の中を走る道だけど、当時は(写真を見る限り)草原地帯だったのかなぁ?

赤川の交差点

 

そして、北軽井沢の交差点。

赤川〜北軽井沢の区間はコース最大の難コースだったそうだけど、今は普通の舗装路が繋がっています。

 

 

 

 

浅間高原レースのスタート/ゴール地点に着きました。

この記念碑がコンビニの駐車場の一角にひっそりと建っているのは、前に訪れた時にも書いたと思います。

 

 

「浅間高原レース」と云う、日本初の公式レースが53年前にここで開催されたことを、どのくらいの人たちが知っているでしょうね?

あまりと云うか、ほとんど知られていないんだろうなぁ...。

 

 

 

 

スタート直後の、牧場入口へ向かって真っ直ぐ伸びる直線区間に相当するところ。

 

再び牧場入口交差点。

今は「浅間高原牧場」と云う観光牧場ができています。

 

ここを左折すると浅間牧場の敷地への入口がありますが、思った通り「関係者以外進入禁止」でした。

歩きでも入れればコース跡(の道?)を歩いてみたかったのですが...。

 

 

 

 

スタート ⇒ ゴール、と云う順ではないけれど、「第1回浅間高原レース」のコースをひと周りし終え、後はひたすら帰宅。

さすがに50年以上経過して‘全て’が当時と変わってしまっていては、コースの面影を感じる事はちょっとできませんでしたが、まぁこればっかりは仕方のないことでしょう。

 

 

 

 

帰路は県道54号二度上峠を越えて。

 

高崎から国道18号→国道125号→そして国道122号を経由して帰宅。

高崎観音近くの18号バイパス(写真)は快適だったけど、このあとは 一般道ダラダラ走行がしばらく続きました。

 

 

 

 

家には18:00過ぎに到着、帰りは結局全部一般道で帰ってきた割には早かったかな?

今回は全部で335km、思ったよりも走ってたと云う感じです。

浅間サーキットのグランドスタンド跡が見つからなかったのはちょっと残念だったけど、残っている区間を走れたし(CB400SFで走るような道では無かったけど。(笑))、雨にも降られなかったのでまぁ良しとしましょう。

次はどこに行こうかなぁ? 夏休み中だろうけど、また暑いだろうなぁ...。

 

 


 

 

 

 

(改版:2016/10/06

 

 

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