勝手気ままなBike Touringの記録

[ No.5:‘バイクでわ鐵’ - 栃木県足尾方面 - (2007年5月2日) ]

 


 

 

今年(今シーズン)初めてのツーリングは、久しぶりのソロ・ツーで群馬県の渡良瀬渓谷〜奥日光方面に。

渡良瀬渓谷は、だいぶ前から何となく行ってみたいと思っていたところです。もう一度北軽井沢方面へ行くか、それともこっちか迷ったんですけど、やっぱりこっちに行くことに決めました。

 

 

事前にWeb等で下調べ。

すると、渡良瀬渓谷を走ると云うよりも、‘わたらせ渓谷鉄道’略して「わ鐵」に興味が沸いてきたのです。わ鐵はなかなかローカル色豊かで良い感じなんです。

そのわたらせ渓谷鐵道は、足尾銅山の物資輸送を目的に私鉄路線として開業した後大正7年に旧国鉄に移管され、昭和62年に赤字を理由に廃線、その後平成元年に第三セクター「わたらせ渓谷鐵道」として運行が再開されたそうです。

 

 

さて、当日。

前夜から降り出した雨が朝方には止んだようですが、路面はまだ濡れている状態でした。天気予報では「晴れる」と云っているのになぁ...。

とりあえず天気予報を信じて出発することに。

家を出発した直後、雨がパラパラ降り出して「ん〜やっぱり止めるかなぁ?どうしようかなぁ?」と迷いつつ走っていると、そのうち雨も止みだんだん暑くなってきました。

オールシーズン・ジャケットとは云っても20℃を超える気候にインナージャケットは要らなかったみたいです。(笑)

 

 

 

 


 

 

 

国道122号〜国道50号を走り、わ鐵「大間々駅」に到着。

GWとは云え思っていたより道路が混雑していて、大間々駅に着いたのはちょうど10:00でした。

 

大間々駅からさほど遠くないところに「高津戸峡」なるものを発見、なんでも‘関東の耶馬溪’とか。

 

それにしても、耶馬溪ってそんなにスゴイのかなぁ? ...って云うか吾妻渓谷もそんな呼び方してなかったっけ?

 

 

 


 

 

 

さて、ここから‘わ鐵’三昧です。...ってオートバイでローカル線(の駅)を巡るって云うのもあまりないだろうなぁ...。 (笑)

 

 

 

 

 

最初に訪れたのは「上神梅(かみかんばい)」駅。

 

大間々駅はそれなりに現代(近代ではないです。)の駅と思えたけど、この駅はまったく別世界と云うか、別の時代の駅。

なんでも、足尾鐵道が開業した大正元年に作られた駅とか。

 

タイミング良く列車がやってきました。

 

見ての通り思いっきり無人駅ですが、わ鐵の大半の駅が無人駅。だからこうやって好き勝手に線路内に立ち入って写真を撮ったり出来ます。

もちろん迷惑になったり、はねられたりしない程度に、ですよ。

 

 

 

 

 

「本宿駅」(無人どころかホームしかない駅)、そして「水沼駅」(駅構内に日帰り温泉があるらしい。)を通り過ぎて、次なる目的地は「花輪駅」。

その花輪駅に向かう途中でバイクを停め、まもなくやってくる列車を待って撮ってみました。

 

‘鉄チャン’ではないので、列車そのものが撮りたかったワケではなく、列車が走る風景を撮りたかったんだけど、あまり変わらないかも...。(笑)

 

でも、これってなかなか難しいですね。待っているときは「ここってベストアングルか?」とか思ってたのに、撮った写真を見るとぜんぜんたいしたことないなぁ...。

 

 

 

 

次の目的地、「花輪駅」に到着。

最初に立ち寄った「上神梅駅」とは一世紀以上の時代の差があるんじゃないか?思うほど真新しい「花輪駅」の駅舎。建て直す前はいったいどんな駅だったんだろう?

 

この駅の周辺は‘花輪宿’と呼ばれ、国道122号から外れた旧街道沿いには、昔ながらの旧家が立ち並んでいます。

 

童謡の父「石原和三郎」(って云われても誰だか知らない。)ゆかりの地と云うことで、駅構内(正確にはホームの一角)に、うさぎとかめの石像があります。

 

なんだか、穏やかな土地だなぁ。

 

 

 

 

わ鐵が第三セクター化された後にホームだけ作られた「中野駅」、「小中駅」と云うバス停のような待合室がある駅を通り過ぎて、「神戸(ごうど)駅」へ向かいます。

旧道(たぶん)から国道122号に戻ると、走ることを目的としたライダー達が‘それなりの速さ’で追い越して行きます。この国道は交通量も少ないし、遅い車に引っかかりさえしなければ、なかなか‘快適なスピード’で走れることでしょう。

 

 

 

 

その神戸駅に到着。

ここの駅もなかなかシブイ、駅名を示す看板もシブイ。

でも、駅舎の奥にかつての東武ロマンスカーの車両を利用したレストラン「清流」が見えます。なかなかアンバランス。(笑)

 

これがその「列車のレストラン‘清流’」です。

 

神戸駅の超古びた駅舎のシブイ焦げ茶色に対して、深緑にも負けない鮮やかなブルーのロマンスカー、このアンバランスさはいったいなんなんだ?(笑)

 

 

 

 

「沢入(駅)」と書いて‘そうり(えき)’と読みます。

見ての通りログハウス風の駅舎で、簡易郵便局が併設されてますが、普通なら駅の出札(切符売り場)のところがここは簡易郵便局の窓口って云うのがおもしろい。

 

ログハウスの駅舎に対してホームや待合室は昔のまま、この古さが良いですね。

 

 

 

 

「沢入駅」のとなり(足尾寄り)にある「腹向駅」(はらむこうえき)、小さな集落沿いにある、ホームだけの小さな駅です。

 

この集落は、かつて足尾鉱山で働いていた沢山の人達が住んでいたのかなぁ?

民家があるのに物音ひとつせず、しぃ〜んと静まりかえっています...。

 

 

 

 

 

原向駅を通過して2kmほど走ると旧足尾町(現日光市足尾町)の町並みが見えてきます。

 

今回のツーリングは、わたらせ渓谷とわたらせ渓谷鐵道(わ鐵)を観ることが目的のひとつでした。けれどもそれらをWebで調べたりしているうちに、もうひとつ目的が増えました。

「足尾銅山」、かつて「銅の町」として栄えた足尾町は、町が死んでるワケではないけれど、今では「廃墟の町」と云えそうな位あちこちに廃墟好きが泣いて喜びそうな建造物が沢山あるからです。

 

 

 

 

 

予想外に現代的な(?)足尾町の町並み。

 

 

わたらせ渓谷の入口とも云える「大間々駅」を過ぎてからずっとローカル...過疎とも云えるところを走ってきたせいか、足尾の町並みがちょっと意外に見えました。

 

かつての足尾銅山の炭坑跡や当時の様子をを展示している「足尾銅山観光」は、この町並みよりも少し手前にあります。

 

今回は見学している時間もないので素通りです。

 

 

 

 

足尾市街の入口付近にあった廃墟。

左手前のコンクリート製の建物は、形こそ原形をとどめているもののカンペキに廃墟と化しています。

‘活動’の気配はまったく無く、窓ガラスも割れ放題...。

 

左の写真のコンクリートの建造物の隣にある赤煉瓦の建物、いったいなんの設備だったんだろう?

一部の地図には発電所と表記されているようですが、ところどころ屋根が崩れ落ち、煉瓦の壁だけを残して今にも崩れ落ちてしまいそうな感じです。

 

 

 

 

足尾町の中心地にある「通銅駅」(つうどうえき)

 

ここの駅には駅員が常駐しており、わ鐵の駅の中では珍しく「切符売り場」がありました。

駅員がいるようなので、この駅のホームは改札口付近から覗き込むだけにしておきましたが、結局他の駅と同じような感じだったと思います。(目立った印象が残ってない。)

 

 

現在は足尾の観光拠点にでもなるのかなぁ?

これもめずらしく、駅前に観光客狙いらしきタクシーが1台停まってました。

ドライバーはどう見ても地元のオバチャン...。(笑)

 

 

 

 

 

通銅駅の隣は足尾駅、町の名前の駅なのに、市街地(中心地)から少し外れたところにあります。

それとも昔はこっちの方が栄えてたとか?

 

この車両、いつからここに放置されているんだろう?

足尾駅構内にはこの写真の車両と左の写真の客車が2両、同じように放置されていました。

ホントは‘放置’じゃないんだろうけど、そのように見えてしまいます。廃線でもないのになぁ...。

 

 

 

 

現在の終着駅となる「間藤(まとう)駅」。

この駅の営業開始は大正3年、足尾銅山全盛の頃は18人もの駅員がいたそうですが、今はもちろん無人駅。

現在のモダンな駅舎は平成6年に陶芸教室と合築され、‘カモシカの見える駅’としても注目されているとか。

 

間藤駅の先に、終点を意味する‘車止め’が見えますが、その先にもわ 鐵...旧JR足尾線の線路はその先にも続いています。

その間藤駅を過ぎたあたりから、それまでの「ローカルな旅」的雰囲気も終点を迎え一気に‘寂れた土地’になってしま うのと同時に、かつての「反映の跡」...今は負の遺産とも云えるような建造物が数多く残されています。

そして、人が住んでいるような住居はあるんだけど(もちろん廃墟ではない。)人の気配がほとんど感じられない、異様なほど静かな土地です。

 

 

 

 

 

間藤駅を通り過ぎてしばらく進むと、‘死に絶えた’踏切が現れました。

道路の部分だけレールが撤去され舗装し直してありますが、こうやって‘踏切の真ん中’にオートバイを停めるとナゼか罪悪感が...。(笑)

 

振り返ると、渡良瀬川を渡る鉄橋が、錆び付いたレールの山と建築現場用の鉄パイプで遮られているだけです。

鉄橋の向こうにみえるのは本山小学校、今でも使われているような雰囲気だけど既に廃校です。(平成17年3月末で閉校)

 

 

 

 

踏切を過ぎてしばらく進むと、精錬所(跡)に渡る「古河橋」があります。

この橋はドイツ・ハーコート社製で明治23年12月に竣工した、日本でも最も古いものに数えられる道路用鉄橋だそうです。

しかし、訪れたときは木製の橋床が損傷しているため通行禁止となっていました。

 

古川橋の近くから見た「精錬所跡」(手前)と「硫酸工場跡」(奥)、足尾で最も有名な‘負の遺産’と云える建造物でしょう。

この施設から排出された煙に含まれる亜硫酸ガスによって、まわりの山々の木々や自然を壊滅させてしまったのです。

 

 

 

 

 

精錬所跡を別の場所から。

今にも崩れ落ちそうな建造物がそのまま残っているのはどうしてなのだろう?

 

 

足尾銅山の精錬所が垂れ流した濃硫酸によって、渡良瀬川下流域に鉱毒の被害をもたらし、その濃硫酸を処理するために作られた硫酸工場は、今度は大量の亜硫酸ガスをばらまき、周辺の山々の木々を枯らしてしまいました。

 

詳しいことはWebで検索すればいくらでも出てきますのでそちらにゆだねることにします。

 

 

 

 

古河橋...正確には隣にできた「新」古川橋を渡りしばらく進むと、集落跡や江戸時代の銅の発掘跡等があります。(案内板を見ないとわかりませんが...。)

 

引き返して今度は古川橋を渡らず北上すると、今でも人が住んでいる集落...と云っても廃墟と隣り合わせだったりするのですが...があります。

でも、相変わらず人の気配が感じられない...。

 

この煉瓦?の‘壁’はなんだったかなぁ?

CBの後ろの案内板はこの地域の歴史が書かれているだけで、この壁については触れていません。

 

 

 

 

集落を過ぎてそのまま進むと姿を現す砂防ダム(群)、その大きさにただ圧倒されてしまいました。

このダムの左側に‘銅親水公園’なるものがあるらしいです。

 

砂防ダムの上流は既に土砂で埋め尽くされています。

この地域、立ち入りが禁止されているのはどうしてなんだろう?でも、もし禁止されていなくても、普通の川と同じ気分で立ち入ることは出来ないだろうなぁ...。

 

 

 

 

砂防ダムの近くに、右の写真のパネルが掲示されていました。

 

薄いピンクの部分が亜硫酸ガスによって荒廃し木が枯れ緑が失われてしまったところ、そして薄紫の部分がそのうち植林などの治山事業を行っているところだそうです。

こうやってみると、荒廃した地域が中禅寺湖の面積よりもはるかに広いことに驚きました。

なんだか少し信じられない気分です。

 

確かに、ここに来るまでに多くの植林事業(学校の体験植樹等)によって、少しずつ緑を取り戻し始めているように見えましたが、でも元の姿に戻るまでにはまだ長い時間がかかりそうです。

 

 

この他にも、廃墟シリーズ的建造物(跡)は沢山あったけど省略します。
って云うか、載せきれない。(汗)

 

 

 

 

 

足尾を後にして今度は日光を目指すことに。

但しこの時点ですでに13:50、最初の予定(ってあったっけ?)よりも2時間も遅い様な...。

 

最初の予定通りいろは坂を登って中禅寺湖畔まで足を伸ばすか、それとも今市方面へ向かい帰途につくか。

とりあえず日光まで行こうと走り出し、日足トンネルを抜けて国道122号/国道120号交差点まで来ると、いろは坂方面に走る車は皆無に近く道路はガラ空き、これはもう行くしかない!と決意。

中禅寺湖方面に向かう‘第2いろは坂’は明智平まで全線で2車線です。路面は少し荒れていますが走る車も少なく実に快適。おかげで今日初めて走りを満喫しました。

 

 

 

 

どこで撮ったか忘れました(いろは坂の途中だったと思う。)が、云わずと知れた男体山、 山麓に第一いろは坂も見えるけど、この山の春はまだまだ先って感じですね。

...って云うか、けっこう寒いぞ?

 

中善寺湖畔まで来ると、さっきとは別世界のような気候...、寒いです。

‘下界’は初夏を思わせる天気だったのに、ここはまだ春が来てません。オールシーズンジャケットで良かった...。...と思ってたら、空からなにやらポツポツ落ちてくるぞ?

 

 

 

 

戦場ヶ原...‘赤沼茶屋’前から観た男体山、写真では晴れているように見えるけど、ポツ、ポツ、と雨が...。

 

三本松茶屋を過ぎた辺り、だったかな?

(ジャケットのおかげで震えるほどではないけど)‘肌寒い’ことを除けば、めちゃくちゃ空いてるし快適なツーリングだと思います、たぶん...。(笑)

 

 

 

 

ここまで来たらもう完走するしか無いっ!少々意地になってます。(笑)

でも、レインスーツを着るほどではないけど雨はポツポツ降っているし、寒いし、わ鐵で寄り道しすぎたおかげでだいぶ遅れているし...。

でも明日は休みだから多少遅くなってもOK、光徳牧場から山王峠を抜けて奥鬼怒林道を川俣温泉まで走り、そこから大笹牧場を通って今市へ南下し帰宅と云う、当初のルートを走破することに。

 

しかし、予想外の天気(気温)だなぁ...。

 

 

 

 

左へ進むと光徳牧場、右へ進むと奥鬼怒林道です。

ここで念のためレインスーツを着用。

 

奥鬼怒林道を走り始めてしばらくすると、なんと残雪の登場。(笑)

「まだバイクで来る季節じゃなかった?」と思いつつ、こうなったら行けるところまで行ってしまえ!と、勢いだけで前進...。

 

 

 

 

奥鬼怒林道のてっぺん「山王峠」

雨はあまり降らず止んでくれたけど、光徳牧場入り口で着込んだレインスーツが防寒着代わり状態。(苦笑)

 

奥鬼怒林道をひた走り川俣温泉で県道23号に合流、川俣湖方面に走ると途中でまたまた巨大な砂防ダム(?)を発見。

 

...って云うか、春はどこに行ったの?

 

 

 

 

特に意味はありません...。(笑)

しかしまぁ、ちと疲れてきたな。

 

誰がどう見ても営業中には見えないんですけど。(笑)

 

岩魚(イワナ)の塩焼き?めずらしいじゃん。

...え?

  ‘鴨串焼き’

  ‘鹿串焼き’

(頭の中が妄想状態×数分後)マジっすか...?

 

 

 

 

寄り道している時間はもうありません。ひたすら走り続けます。

栗山と云うところで右折しようやく大笹牧場まで来ました。既に17:39、日が暮れるぅ〜。(汗)

 

キミたちはディナータイムですか?(笑)

 

 

 

 

大笹牧場から昨年秋に無料化となった霧降高原道路は使わず、県道青柳今市線で一気に今市まで南下。

そこから日光例幣使街道...既に‘真っ暗な’日光杉並木を通ってひたすら走る、大笹牧場から自宅まで約2時間半をノンストップで走破、それでも帰宅は20:00過ぎになってしまいました。
全ては足尾の‘廃墟’のせいです。(ぉぃ

 

 

今回のツーリングは、特に前半は走ると云うことよりも、バイクを「マイペースな移動のための手段」として乗ってみました。

寄り道しすぎて時間が大幅に狂ったけど、なかなか楽しかったです。(今市〜自宅は除きます。)

 

 

それにしても、足尾の廃墟、負の遺産、はなかなか驚きというか、衝撃的でした。

‘あ〜(観に行って)良かった’とはちょっと思えないなぁ。

今度はもう少し暖かい季節に行きたいコースですね、特にいろは坂以降は。(笑)

 

 

 


 

 

 

 

(改版:2016/10/08

 

 

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