2014年6月

 

 

 

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■雨の菅生

2014年6月30日(月)曇り

 

 

 

大雨に翻弄された第4戦菅生

「こんな時期にやるなんて...」と云う心配が当たってしまったと思ったのは自分だけではないだろうな。

いつものように金曜の夜遅く出発、北上するにしたがって明け方の空に青空が見えて「お、大丈夫かな?」と思いきや、菅生はやっぱり雨だった。

今回もガレハラのカーパスでサーキット内に車を置くことができたし、ガレハラが借りたスタッフ・ルームも利用させてくれたのでとても助かったけど、あの雨の中を普通に観戦してたら嫌になるだろうな...、と云えるくらいの雨だったし、土曜日の夜中は土砂降りの雨だった。

 

ガレハラは、今回のセミ耐久に中山智博選手とペアを組んで出場、名字からか‘ゴンちゃん’と呼ばれる中山さんは以前RS-ITOHで走っていたライダーで菅生は得意らしく、 そして気さくですごくフレンドリーな方だ。 ちなみに8耐は、昨年のチームメイトでもある田中さんと中山さんがガレハラに加わり今年も3人体制で出場するとのこと。

 

土曜日の予選はとにかく慎重に走り21番手ポジション、ポイント獲得が見えない位置では無いけど、原田さん自身も少し臆病になったりするのだろうか?

そして日曜日の決勝、JSBクラスはスタート進行中に土砂降りになった雨の影響でスタートが大幅にディレイ、それに伴い周回数やピットイン義務 が二転三転するなど運営側も若干?混乱 、決勝レースもSCが入った後赤旗中断→(おそらく規定周回数を満たしていたため)終了とドタバタのレースとなったが、ガレハラは最終的に16位でレースを終え5Pt.を獲得、これまで1Pt.も 取れていなかったから原田さん自身もひと安心したことだろう。

しかし決勝直前までいくつかのトラブルが発生し、最後は大雨とディレイのおかげで?急遽設けられた決勝前の10分間のフリー走行枠がなかったら スタート出来ずリタイアに追い込まれていたかもしれないと思うと、観ている側もヒヤヒヤものだった し原田さん自身もピリピリしていたしなぁ...。

 

レースが終わり雨の中での撤収を手伝い、SUGOを出発したのは21:00を過ぎた頃だったかな?

ガレハラ・ハイエースは相変わらず満載以上の状態で姫路まで約1,000km、レースが終わっても帰宅耐久があるのも大変だけど、このあとすぐに8耐、休まる・休めるヒマもないだろうなぁ。

とりあえず、菅生Rd.お疲れ様でした。

 

 

 

 

■ワールドカップ

2014年6月25日(水) 曇り一時豪雨

 

 

 

     

 

 

‘日本の’ワールドカップが終わった。

 

コロンビア戦を1-4で大敗した日本はC組のグループリーグ最下位となり敗退が決まった。

そのC組は

  1位 コロンビア(3勝)

  2位 ギリシャ (1勝1敗1分け)

  3位 コートジボアール (1勝2敗)

  4位 日本 (0勝2敗1分け)

 

調べてみると、5/6時点でのFIFA世界ランキングが

  コロンビア:8位

  ギリシャ:12位

  コートジボアール:23位

  日本:46位

C組の結果は実力通りだったと云う事になるのだろうか?

アジア勢では

  イラン:43位

  日本:46位

  韓国:57位

  オーストラリア:62位(これはちょっと意外...。)

の4チームがワールドカップに出場しているが、(韓国とイランはまだ1試合残っているものの)今日時点でどのチームも1勝もしておらず、4チームともGP敗退が確定している。

 

一生懸命戦った日本のチーム、そしてメンバーの選手達

彼等は常に「自分たちのサッカー」と云う言葉を口にしていた。

彼等の云う「自分たちのサッカー」とは、どんなサッカーなんだろう?

「自分たちのサッカー」が出来れば、世界の強豪に勝てたのだろうか?

「自分たちのサッカー」をさせてもらえなかったから勝てなかったのだろうか?

 

陸上競技の様に、記録との戦いだったら「自分たちのサッカー」と云うのはわかる気がする。

しかし、相手ありきの‘試合’(≠競争、競技)となると、「自分たちのサッカー」と云うのは一体何処まで通用するのだろうか?

ふと、そんな風に思ってしまった。

確かに自分たちのスタイルはあるのだろうが...。

 

もちろん、彼等のプレーにケチをつけるつもりは毛頭無い。

ワールドカップの予選を勝ち抜き、そして本戦の舞台で素晴らしいゲームを見せてくれたことは間違いないのだから。

ただ、結果が‘負け’だった。

見ていて、どこか‘強さ’が感じられなかった。

 

 2002年(トルシエジャパン)2勝1分け 決勝T進出ベスト16

 2006年(ジーコジャパン)0勝2敗1分け GP敗退

 2010年(オシム/岡田ジャパン) 2勝1敗 決勝T進出ベスト16

 2014年(ザックジャパン)0勝2敗1分け GP敗退

 

世界はまだまだ上の高いところにあるのだろう。

4年後のワールドカップはロシアでの開催だそうだ。

 

選手の皆さん、そしてザッケローニ監督、今は「お疲れ様でした。」

 

 

 

 

■義父のこと

2014年6月24日(火) 曇り

 

 

 

写真は田舎の家、ではなく‘そば切り蕎家’、栃木市のお蕎麦屋さんだ。

去年の夏、まだ出流山にある‘ほん田’に行って以来1年ぶり、相変わらず絶品のお蕎麦を食べることが出来た。ホントはもっと早く行きたかったけど、カミさんの体調やらいろいろで行きそびれてしまっていたと云うか。キレイな女将もこっちのことを覚えていてくれたから良かったけど...なんて。(笑)

 

せっかく美味しいお蕎麦を食べるのだからと、蕎麦好きの義父母を誘って行ったんだけど、初めは「大平山の紫陽花を見てからお蕎麦を食べに...」と考えていた。

ところが、「大平山なんかとてもムリ」との話。紫陽花を楽しみながらのんびり歩いても30分もかからない位のなだらかな坂道なのに...と思ったけど、義父は大平山どころかおそらく‘平地の散策’すらしんどいんじゃないか?と思う程体力(脚力?)が落ちてしまっていることに驚かされた。

蕎麦屋では座敷でお蕎麦を頂いたが、そこで立ち上がる時の弱々しさに「え?」と思ったが、その後義父が行ってみたいと聞いていた大谷資料館まで足を延ばした時も言葉少なくだた黙々と進むだけだったし、帰り道で立ち寄った羽生PA(鬼平江戸処)でも同じだった。ただ、車に乗るとぐったりしてしまうとそんな感じでもなかったので、‘疲れてしまった’とは少し違う気もした。これではあの大平山の坂道はとてもムリ、と云うのも無理は無いと思わざるを得なかった。去年の春、清里に行った際に残雪の残る遊歩道を歩いて白駒池まで行った時とは大違いなのに驚きを隠せなかったと云うのが本音だ。

 

少し前から気になってはいたが、このところ急激に老いてきてしまったように見える。それが単に?体力の衰えなのか、体力と共に気力も衰えてしまっているのかはわからない。

体力が落ちてしまいすぐに疲れてしまうせいなのか、それともまわりの様々な事に関心が沸かないのかはわからないが、自分で何かをしようという意志や欲が感じられず、義母が義父の身の回りの世話を焼くから余計に?義母に云われることだけをしているようにも見えてしまうし、以前は海釣りが好きだった人だけど今は何の趣味も持たず、ただ平穏に?毎日を過ごしているだけのような生活になっているようだ。

会話も、自分から話題を出したり話し出すことが極端に少なくなり、その一方で、どうしてかわからない何かにつけて義叔父嫁の悪口を言い出す始末。「なぜそんなに拘るんだろう...?」と云う疑問・疑念が沸くばかりだ。

おかしな言動があるワケではないからいわゆる認知症ではないと信じたいが、一時的なもので済んだはずの昨年の脳梗塞が影響しているのだろうか?とも考えてしまう。自分が色々余計な事を考えたり世話を焼いたりしても仕方ないこともよく分かっているつもりだが...。

 

自分のお袋は、妹(お袋の娘)の事もあったり自分の足が痛かったりする事もあるけど、犬の世話や自分の趣味を含め日々それなりに元気に過ごしている。その大切さをしみじみと感じてしまう。

 

 

 

 

■七回忌

2014年6月8日(日) 雨

 

 

 

週末の土日、伯母の七回忌で信州(辰野町)へ。

父方の親族が集まるのは、同じ伯母の三回忌以来だろうか?

 

親父兄弟の長女だった伯母は、親父と歳が離れていたせいか、親父を可愛がってくれたらしく、その子供の時分も可愛がってくれた人で、自分にとっては‘3人目の祖母’みたいな存在だった。

七回忌にも関わらず親戚が集まり、法要の後の賑やかな飲食(‘お清め’とは云わないだろうけど何と云うのだろう?)は、亡くなった仏様のおかげだから、仏様に感謝しないといけない、と和尚さんの説法、でも本当にその通りと思う。

 

その飲食、偶然?和尚の隣に座るハメに。

正直なところ、‘坊主と話をするなんてめんどくさいなぁ...。’と思いながら、隣に座って何も話さない訳にもいかないので、雑談混じりの話をすると云うか聞くというか。

ところが、その和尚の話が実は興味深い話ばかりだったのはちょっと意外だった。

 

 

■日本の仏教は真言宗と天台宗の2宗派が起源で、浄土宗など他の宗派は‘鎌倉仏教’と云って鎌倉時代に広まったもの。

■今の日本は政教分離がきっかけで学校(教育)で‘心’を教えなくなった。(政教分離は複雑な背景や経緯があるようだが、教...仏教の教えと政治を切り離してしまったことで学校は学問ばかりを教える場となってしまい、感謝の気持ち等‘心’を教えなくなった。)

■食事を頂く際の‘いただきます’は、金を払って食べるのだから必要ないなどと云う事は無い。太陽や土、水、作物を育てた人、料理をした人全てに対する感謝の気持ちを忘れてはいけない。両手の親指をきちんと重ねて(確かこれにも意味があると云っていたと思う)感謝の気持ちを表さなければいけない。

 

その他にもいろいろな話を聞かせてもらった。和尚の話だから当然何かしら仏教の教えに繋がる話だったけど、宗教と云う事を除いても、今の自分たちにとって忘れてはいけないとても大切な事についてだったから、思いの外真剣に聞き入ってしまった。(笑)

 

法事の晩は伯母の家に泊まり、翌日(日曜日Iに少し回り道をして帰途に。

回り道は、親父、そしてお袋の実家の墓参り、同行したお袋が今度はいつ信州...自分の故郷の土地に来るのか・来られるのかわからないと思ったので、寄り道して行くことに。

親父の実家(と云うか、倉田家一族)の墓参りはいつ以来だろうか?

お袋の実家の墓参りも、伯母の一周忌か三回忌の時以来だと思う。

「信州に行ったら...」と云っていたカミさんの寄り道リクエストもほぼクリアし?お土産も買ってちょっとしたドライブになったような気もするが、たまにはそんなことも良いだろう。体調(耐力・体力)が心配だったカミさんも、疲れはしたようだけどぐったりと云う事もなくこちらもひと安心。

 

数年に1度あるか無いか、それも冠婚葬祭がほとんどになってしまっているし、母方は疎遠になってしまっているので判らないけど父方は叔父が二人だけになってしまったし、この繋がりは少しでも大切にしなきゃいけないと思う。

 

 

 

 

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